
歴代ヴァイオリニストの中でも高い評価を受けるニコロ・パガニーニ。
彼は悪魔と取引したことで、超絶技巧と名声を得て栄えたと言われています。
この記事では、パガニーニの生い立ちや彼の栄光と没落について解説していきます。
(アイキャッチ画像の人物は、現代のパガニーニと称されるデヴィッド・ギャレット)
悪魔と取引したヴァイオリニスト『ニコロ・パガニーニ』
ニコロ・パガニーニはイタリアのジェノバ出身のヴァイオリニスト。
他にもギタリスト、ヴィオリスト、作曲家としても有名でした。
1782年10月27日生まれ、1840年5月27日に57歳で生涯を閉じました。
パガニーニは超絶技巧を世に生み出したことで、世界的に有名なヴァイオリニストになりました。
現在でも多くのヴァイオリニストが、パガニーニの楽曲を練習曲として使っています。
パガニーニのヴァイオリンの演奏や手の動きの速さは、人間を超越していたと言われており、
当時の人達からは『悪魔に魂を売った代償により手に入れたものだ』と噂されていました。
パガニーニの目つきは鋭く、また病弱だったためにやせていて肌が浅黒かったこともあり、その容姿も悪魔の伝説に貢献したたと言われています。
パガニーニの栄光と没落
パガニーニは5歳からヴァイオリンを弾き始め、父親から音楽の厳しい英才教育をうけ、13歳には学ぶ技術がなくなったと言われています。
つまり、たったの8年でヴァイオリンを極めたことになります。
その後、パガニーニは宮廷音楽家となり、27歳からはフリーの演奏家としてデビューし、スターへの階段を登っていったのです。
幼少時代から病弱だったパガニーニは、イタリア各地、ロンドン、パリ、ドイツ、ウィーンと渡り歩き、毎回コンサートで大成功を収めました。
収入も莫大な額に登り、富も名声も得ることになったのです。
しかし、パガニーニの晩年は悲惨の末路でした。
富を手にした後の彼は、賭博場と音楽会場を兼ねた「カジノ・パガニーニ」をパリに作り、自ら事業の監督をするものの、病気が悪化して床に伏せてしまいます。
更に、違法だったカジノは僅か2ヶ月で閉鎖され、パガニーニは大損害を被ることになりました。
その後、彼は弦楽器商になる為に、ストラディヴァリやアマティなど22挺もの高価な銘器を所持していましたが、病状が悪化して57歳という若さで生涯を閉じたのです。
病気に苦しめられたパガニーニ
少年時代から病弱だったパガニーニは、30歳後半から毒素を抜くために下剤を飲み始めます。
40歳を過ぎた頃には梅毒と診断されて、水銀療法とアヘンの投与が開始されました。
更に、その5年後には結核と診断され、塩化水銀をも飲み始めるようになりました。
その影響もあり、水銀中毒が悪化して、ヴァイオリンの演奏ができなくなった為、1834年ごろに引退しています。
その後、1840年に水銀中毒が原因である慢性腎不全や上気管支炎、ネフローゼ症候群によりフランスのニースで死去しています。
ここから更に悲惨ですが、なんと死後は56年間も迫害され、埋葬されずにさまよい続けました。
当時の人からはパガニーニは悪魔であると信じられていた為です。
その後、ローマ大司教から埋葬許可がおりて、パルマのヴィレッタ共同墓地に亡骸が葬られました。
ギャンブルと恋愛に溺れたパガニーニの人間性
パガニーニは金銭に汚く、その性格も無礼、きまぐれ、冷酷だったと言われています。
そして、彼は青年時代からギャンブルに溺れるようになりました。
彼の有名な逸話ですが、演奏会の前日に商売道具のヴァイオリンを賭けて大敗し、命とも言えるヴァイオリンを取り上げられてしまったことがあります。
また自分の利益に強欲であったため、守銭奴とも言われました。
人気が出てからは、チケットの価格を釣り上げて、更に偽造チケットを防ぐ為に自ら会場の入口に立って、偽造チケットかどうかチェックするほどでした。
また、パガニーニの演奏を聴いて結婚を申し込んできた女性に対して、『演奏をタダで聞くつもりだろう』女性を追い返したという話もあります。
パガニーニは恋愛にも溺れ、女性関係は派手でした。
有名な話ですが、ナポレオンの妹と浮名を流して殺されそうになったこともあります。
パガニーニの逸話一覧
国王のアンコール拒否事件
パガニーニの絶対的なポリシーはアンコール演奏をしないこと。
それが招いた悲惨な事件が起こりました。
ある日、パガニーニの演奏をサルデーニャ国王が見にきたことがありました。
国王はパガニーニの演奏を気に入ったようで、アンコールを要求しましたが、彼はハッキリと断ったそうです。
国王にすらポリシーを通した代償として二年間国外追放になってしまいました。
楽譜の取り扱いに慎重だった
パガニーニは自分の技巧や旋律が奪われることを非常に恐れていました。
だから、彼の作品のほとんどは出版されず、楽譜に関しても遺族が彼の死後に処分しています。
更に、自分の楽譜の管理は徹底しており、オーケストラに楽譜の配布するのも数日から数時間前であったと言われています。
オーケストラの練習でもソロパートは弾かず、本番の演奏が終わると有無を言わさず楽譜を回収したそうです。
足の裏にクギが刺さっても演奏を継続する
当時の人達は、パガニーニの技巧が人間の動きを超越していたため、彼自身が悪魔だと思い、彼の足が宙に浮いていないか注目していたそうです。
そのような状況の中、パガニーニは本番前に思わずクギを踏み抜いてしまったことがあったようです。
なんと彼は、自分の足が付いていることを観衆に見せる為に釘が刺さったままステージで演奏して、自身が悪魔ではないと証明しようとしました。
G弦だけで演奏した伝説
ある日、パガニーニが演奏をしている時、G線だけ残し他の3本の弦が切れてしまいました。
しかし、彼は演奏を一切とめず、瞬時に調弦・移調・転調を行い、最後まで演奏しきったと言われています。
実はこの話には裏があり、パフォーマンスの才能があったパガニーニが、事前に爪を鋭く伸ばしておいて、わざと演奏中に弦を切ったとも囁かれています。
その疑惑を産んだ理由は、弦が頻繁に高い方から切れていったこと、そしてG弦は決して切れなかったことです。
パガニーニの成功は悪魔との契約によるもの
編集中
映画『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』
パガニーニの活躍を描いた映画の予告編がこちらです。
演じるのは現代のパガニーニと称されるデヴィッド・ギャレット。
5億とも言われるストラディヴァリウスを使いこなし、パガニーニの超絶技巧を見事に再現しております。