富士山と令和天皇の秘密。または「八」に隠された悪魔の真相。【VOL.1】

 

富士山シリーズ第1弾です。

 

これからRAPT理論の視点から、富士山の秘密を解き明かしていきます。

 

本記事のテーマは天皇と富士山の共通点です。

 

まず、天皇徳仁(ナルヒト)の誕生日は2月23日ですが、これは富士山の日と同じになります。

 

実際、天皇が即位した令和2年からは2月23日が祝日になりましたよね。

 

天皇は皇太子の頃から富士登頂を2度行なっていました。

 

1度目は1988年8月8日です。

 

この日は富士山頂に888人を8時8分8秒に集めており、怪しいイベントを開催していたようです。

 

一番良く覚えているイベントは1988年8月8日8時8分8秒に888人の登山者を富士山頂に集めて、新富士駅ではこのモニュメントの除幕式を行い、新5合目では音楽イベントを行い、その他あちこちでわらわらとやってたこと。全体が思い出せるわけがない。この中の一カ所にしか居なかったんだからね。

 

さらに321の郷土富士から集められた石(ケルン)も積んでいました。

 

さて日本にある郷土富士の数だが、静岡県富士市が1988年8月8日8時8分8秒に、日時が八尽くしとなることを記念して日本各地の郷土富士の石を富士山頂に積むイベントを行った際に確認したところでは、321座であったらしい。

 

しかし、天候が悪化して肝心の天皇は山頂まで到達出来ませんでした。

 

悪魔崇拝者の頭は天皇になりますが、彼等は数字に拘る連中です。

 

例えば、富士山の日の223」という数は、彼等が扱う数秘術に関連する数字になります。

 

令和天皇の誕生日は2月23日になり、平成天皇は12月23日になります。

 

そして、この数字を逆さにすると「322」になるのですが、3月22日はロンドンのテロ事件に使われたりもしました。

 

その他にも様々な場面でも「223=332」という数字は使われています。(詳しくはこちら

 

また「8」は「6」に並んで悪魔の数字になりまして、321(ヒフミ)は悪魔の頭ルシファーを表しています。

 

◯天皇がどこからどう見ても悪魔崇拝者であるという証拠。

 

◯ RAPT×読者対談〈第82弾〉カタカムナこそルシファー信仰の源流である。

 

そして、徳仁天皇は2度目の登頂日を2008年8月8日に選びました。

 

 

1988年8月8日8合目まで登ったが、天候の悪化で登頂は断念されていた皇太子さま。報道陣に対し、「20年…。感慨深いものがあります」と感想を述べられた。

 

この日は山頂まで行くことが出来たようですが、もしかしたら1度目は本物の神様が怒って、悪魔崇拝の儀式を止めたのかもしれませんね。

 

天皇自身も悪魔崇拝の儀式を20年間も先延ばしされたことで「感慨深いものがあります」と言ってます。

 

ちなみに、明仁上皇も平成28年8月8日に生前退位の声明を出しています。

 

 

天皇家は本当に8に拘る連中ですね。

 

話を戻しますが、その他にも富士山には8という数字が随所に見られました。

 

【謎】富士山に隠された八の意味とは?

 

まず富士山の全体像が漢字の「八」に見えることは有名な話です。

 

そして、山頂には八神峰(はっしんぽう)と呼ばれる8つの峰が存在し、これは創価学会が重要視する八葉蓮華を表しています。

 

ちなみに、創価学会は天皇家の手足となって、様々な悪事を働いてきた事が、RAPT理論によって解明されています。

 

 

<八神峰>

 

八神峰(はっしんぽう)は、富士山頂にある8つの峰の総称。八神峰の他にも富士八峰(ふじはっぽう)や、仏教でいう八葉蓮華から由来した八葉(はちよう)という名称で呼ばれることもある。

 

富士山の8合目には大内院(だいないいん)と呼ばれる大きい火口がありますが、標高は3,535mで隣同士で足すと「88」になります。(3+5=8、3+5=8 )

 

このように富士山には気持ちの悪いほど8という数字が出てくるのです。

 

こんなことが偶然で揃うはずがありません。

 

富士山は自然の山を人工ピラミッドにしていると言われてますが、まさにその通りだと思います。

 

完全に狙ってやってますね。

 

ちなみにイルミナティと言えば1ドル札の裏に描かれたピラミッドアイが有名ですが、これは正に富士山のことも表していると言えます。

 

 

ちょうど大内院が存在する八合目から上がポイントですね。

 

 

そして、富士山の八合目から上は、富士山本宮浅間大社の敷地となっています。

 

つまり、神道(天皇を神とする宗教)を統括する天皇家の所有だと言えるのです。

 

ちなみに、浅間大社より前の所有者は出雲族である徳川家康でした。

安永8年(1779)、ついに徳川幕府が富士山八合目以上を当社の境内地として正式に認めることとなります。その決定には家康公の意向が大いに関わっているとされています。

 

出雲族と秦氏に関してはこちらからどうぞ。

 

RAPT×読者対談〈第108弾〉世界はアーリア人(秦氏)とチュルク族(月派・出雲)の抗争の上に成り立っている。

 

ここから重要ですが、現天皇である徳仁は徳川恒孝の隠し子だと噂されています。

 

徳仁の「徳」は、徳川の「徳」から取られたのでしょう。

 

◯メディアが触れない「天皇家」の闇。「皇太子徳仁親王」は「平成天皇」の子供ではありません。

 

<徳川恒孝>

 

さらに創価学会である皇后雅子は、創価学会3代目教祖「池田大作」の娘と言われています。(画像引用元はこちら

 

<左:皇后雅子、右:池田大作>

 

そして、池田大作は徳川家康の血筋である可能性が高いのです。

 

池田大作は金の扇を持った写真が現存しており、 徳川家康も金の扇を馬印としていました。

 

鼻と口の歪みがソックリですね。

 

<左:徳川家康、右:池田大作>

 

このように天皇と皇后は共に出雲族である徳川家康の血を引くものとなるのです。

 

前天皇の明仁上皇は秦氏になりますから、徳仁が天皇になったことで、富士山は出雲族の元に戻ったと言えますね。

 

話を戻しますが、イルミナティ(天皇家や創価学会)にとって、やはり富士山は重要な拠点なのでしょう。

 

彼等の先祖である悪魔崇拝者も、古代から富士山(悪魔)を崇拝してきましたから。

 

イルミナティの頭は天皇なので、彼等の聖地となる富士山には、幾重にも意味を持たせているんですね。

 

だから、徳仁天皇の誕生日と富士山の日が同じなのです。

 

そして、彼等が富士山にこだわる理由は、彼等のルーツにもありました。

 

キーワードは高天原(たかあまはら)です。

 

 

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