最近の御言葉では、完璧に仕事を行う重要性をラプトさんが教えてくださっています。
私はこの御言葉が宣布されるまで、神様の仕事を軽んじ、神様の仕事を適当にしてきました。
もちろん、仕事をしているときは一生懸命やっておりましたが、それはあくまでも自分の基準にすぎないので、神様の基準ではありません。
その甘い考えがあったからこそ、昨年の年末から今に至るまで、神様から何度も裁かれたのだと悟り、ここ数日間は徹底的に悔い改めておりました。
あと、仕事以外にも信仰生活の水準も明らかに下がっていました。
例えば、お祈りの時間は休憩をしながら祈ったり、ひどいときはネットサーフィもしていました。
お祈りがこんな状態ですから、神様と疎通していないのは明らかなので、神様の仕事を完璧にこなすことなど不可能だったわけです。
ですので、まずはお祈りから完璧にできるように改善していきました。
家で祈ると眠くなってしまったり、ネットの誘惑もあるので、それを断つために1時から4時までは外で歩きながら祈るようにしています。
外でも眠くなるときはありますが、全力疾走するなどして、眠らないように注意しています。
以前、ラプトさんは祈りの力を身につけるためには、たくさん祈ったほうがいいよと仰っておられましたが、その言葉通りにひたすら祈り続けたことで、短期間で祈りの力が伸びたような気がします。
以前までは休憩時間を取っておりましたが、それだと逆に集中力が途切れてしまうので、祈りの言葉が出てこなくなったとしても、ひたすら神様に意識を向けるようにしています。
深くお祈りできたときは、短時間ですが神様とつながったような感覚を味わうことができますので、今では明け方の時間が楽しみになりました。
そのおかげで仕事のミスも大分減ってきました。
これも神様が厳しく裁いて下さったおかげなので、今のこの気持ちを大事にしていきたいと思います。
神様は私たち人間の生活をすべてご覧になっていますので、ある日突然、それまでの行いに応じた裁きが下されます。
特に今年からは、御言葉の基準で全ての人が裁かれるようになりました。
私は悔い改めの方法を御言葉から学ばせていただいたので、神様から裁かれたときは命懸けで悔い改めますが、その方法を知らない人たちのことが心配です。
神様の裁きは、本気で悔い改めるまで止まらないからです。
私は神様の裁きを何度も経験してきたので、その過酷さを知っていますし、悔い改めた後の恵みも体験しています。
ですので、私にとって神様の裁きは祝福だと感じております。
もし、貴方も私のように裁かれてしまった場合は、罪を悔い改めることを実践されてみてください。
本気で悔い改めることで、驚くほど霊魂(精神)が成長していきますし、祝福も受けられるようになるからです。
罪の悔い改めは、心の中でいつでも実践することができます。
詳しくはRAPTブログをご覧ください。